台湾つながりではないのですが、今日は後藤慎平を取り上げます。

金を残して死ぬ者は下だ。仕事を残して死ぬ者は中だ。人を残して死ぬ者は上だ。

亡くなる前に残した言葉がこれだそうです。いいこと言いますね。

の前にそもそも後藤慎平って誰?という方も多いと思います。日本の医師で政治家ですね。内閣でも大臣を何期も務めた人物です。激動の幕末〜明治〜大正〜昭和と生き抜いた彼の人生を調べていると歴史上の登場人物がわんさか出てきます。興味深い!

江戸後期の蘭学者高野長英が遠縁とか、医師時代に板垣退助を診察するとか、新渡戸稲造をスカウトとか。なんだかその時代を感じるようでワクワクしますね。

さて、陸軍軍人児玉源太郎が台湾総督就任時に補佐役として台湾入りする後藤慎平。ここがオードリータンつながり?それはさておき、台湾における阿片根絶に尽くした様は面白いものがありました。

他の功績としては、日本におけるボーイスカウトの草分け、初代総裁に就任されています。これはフリーメーソンがらみということで有名な話のようですね。

日本の黎明期に活躍したこういった政治家の生き方は、新しい時代を模索する私たちの手本となることも多いもの。今の日本も、幕末〜明治〜大正そして昭和へつながる黎明期と言えるかもしれませんよね。歴史は繰り返す。全く同じではないものの、歴史から学ぶことは多いものです。だって同じ人間が主人公ですから、どう考えるのか、どう動くのか、そしてどう生きるのか。模範となるのではないでしょうか。

そして冒頭の言葉ですよね。仕事を残して死ぬか、人を残して死ぬのか。

一般社団法人氣質診断士協会を立ち上げ風水ライフデザインスクールを創設し、私は氣質診断士という新しい職業と、氣質診断を使ってより豊かでより幸福に生きる人を残していきたいと改めて感じています。

 

wikipediaより 背広姿の多い後藤慎平像ですがボーイスカウト姿も様になってますね!

そして診断へ続く

1857年7月24日。これが後藤慎平さんのお誕生日です。ちなみに安政4年。安政って、安政の大獄のあの安政ですね。将軍は徳川家定公の時ですって。

丁巳年丁未月そして癸丑日生まれの基本氣質は「川」です。

6つの星のバランスは、木0火3土2金0水1となっています。

診断結果から何度も名前が上がったのに結局総理大臣には就任できなかったのは「金」=右手がなかったからかと思いました。人を残すことは本来は得意ではなかったのに、強い理想、理念=「木」を手に入れることでしっかり五行の整ったバランスの良い人物として生きることができたんだろうなとも感じます。「火」が多いのでお金だけなじゃなく様々な財に恵まれた人生になった反面、情に厚いところもあってそれに流されたこともあったかもしれませんね。現実的に成功した要因は「土」2つ、ここにもあると思います。

歴史上の人物、偉人を取り上げていて思うのは陰の氣質生まれの人の強さですね。柔よく剛を制すの言葉ではないですが、陰の強さというものを感じます。この方の、「水」の気質の陰生まれの「川」ですからね。川さんの文明を育む力を、黎明期に活躍した後藤慎平からも感じることができます。

亡くなった日も診断するのが氣質診断の醍醐味

お亡くなりになったのは1929年4月13日。

己巳年戊辰月戊子の日に逝去されています。パッとみ土まみれだなあというのが正直な感想。ちなみに「山」の日になくなり、五行のバランスは木0火1土4金0水1

氣質診断では亡くなった日の診断は、輪廻転生の考えに基づき活用しています。後藤慎平氏の場合は、生まれた日と似たような五行のバランスを選んでいることと、「山」の日を選んでいることから、生前と同じテーマの人生を次はもっと成功するために、具体的には今度こそ総理大臣就任するぞという意気込みで一旦天に帰ったのではないかなと推測しています。

なくなってからすでに100年近く経っていますから、この間に後藤慎平氏の生まれ変わりの魂が日本あるいはどこかの国で首長に治まっているかもしれませんね。ちょっと想像すると楽しいかもしれません。


氣質診断は占いではありません。つまり誕生日で人生は決まらないと考えています。しかしその日に生まれる意味があり、これは亡くなった日にも言えると思っています。